事例『安易な窃盗を繰り返す男性Aさん』

定着支援センターによる対象者面談

Aさん 男性 46歳 IQ58(CAPAS)
刑務所は6度目の服役。これまですべて窃盗罪で逮捕されている。
支援を受けられるような家族はなく、貯蓄などもない。

生活歴

 両親は物心ついたころにはおらず、祖母と生活保護を受けて暮らしていた。中学生のころに祖母が体調を崩し、入院。Aさんは児童養護施設に入所。祖母は体力が回復せず、老人ホームに入所し、本人は成人するまで児童養護施設で暮らすことになった。
 児童養護施設を出た後は、飲食店で住み込みで働いたり、日雇いの現場仕事などをするも生活は安定せず、たびたび窃盗するようになった。
 22歳で刑務所に初めて服役し、出たり入ったりを繰り返している。途中、生活保護を受けて単身生活をしたり、救護施設を利用していたこともあるが長くは続いていない様子。ホームレス生活の経験もある。

依頼経過

 X刑務所の社会福祉士が面談したところ知的障がいの可能性があるのではないかと特別調整候補者として選定し、Y保護観察所に連絡した。担当観察官が面談し特別調整担当者として選定、地域生活定着支援センターに依頼をした。

定着支援センターによる対象者面談

 Aさんは人と話すのは苦手意識はあるが嫌いではないらしく、はにかみながらも積極的に話をしてくれた。

 Aさんにどんな生活をしたいか希望を聞いたところ「ふつうの暮らしがしたいです」と答える。「ふつうの暮らし」とは「働いて、一人暮らしすること」で「できれば結婚したい」とのこと。仕事については、失敗して怒鳴られてばかりだったのでいままでやってきたような仕事はしたくないという。かといってどんな仕事が良いかは「わからない」とのこと。趣味はカラオケスナックに行くこと。

 窃盗についてはお金に困ったために、食べ物やタバコ、日曜品などを盗っていたとのこと。お金があるときは盗まないという。記録では生活保護を受けているときも窃盗しているようだと指摘するとお金が足りなかったんです」という。口座にお金が振り込まれたら全額引き出して、特に計算せずに買い物をしていた様子。

 生活保護で単身生活をしていた時の生活習慣を聞くと、食事は朝はコンビニの菓子パンと缶コーヒー。昼、夜はスーパーの弁当。タバコは毎日1箱吸い、缶チューハイ2缶を買って夜に飲む。洗濯は週に一回コインランドリーを利用し、風呂は週2回銭湯に行っていたとのこと。

 試しにタバコ1日に1箱(500円)をひと月(30日)買い続けたらいくらになるかと質問してみると、本人はとまどい、「1万円くらいですか?」と不安そうに答えた。

 生活保護費を受け取っても月の後半にはほとんど残っていなかったとのこと。

 お金がなくなったら、どこに相談していたのかと問うと「誰もいないです。炊き出しとか並んだり、日雇い仕事をしたり、どうしようもない時は盗っていました」と答える。

アセスメント

 面談を重ね、過去にかかわりのあった施設や行政機関から情報収集を行い、徐々にAさんの本人像が見えてきた。また、児童養護施設在籍時に軽度の知的障がいを指摘され、療育手帳の交付を受けていたことが分かった。

 また、むやみに窃盗を行うわけではなく、知的能力の低さが生活の困窮を招き、困窮時に相談したりできる相手もなく、Aさんなりの状況打開策として窃盗を行っているということが見えてきた。また、生活に困窮しても、直ちに窃盗をしているわけでもなく、ホームレス生活で培ったアルミ缶回収でお金をかせいだり、炊き出しを利用したりと工夫もしていた。ただ、そういう生活がしんどく感じたときには、捕まる覚悟で窃盗に及んでいた。Aさんは「捕まったところで誰も悲しんでくれる人はいない」という言葉を口にすることが多かった。

孤独。気にかけてくれる人もなく、自己肯定感が低い。

Aさんのことを気にかける人とのかかわりを増やす必要がある。

計算は苦手。ゆっくり考えればできる計算も、
めんどくさがって避けてしまう。

金銭管理が必要。

読み書きが苦手。書類を書く必要があるとイライラする。

手続き関係にはサポートが必要。

掃除、洗濯はある程度自分でできるが自炊はできない。

食事の支援が必要。

困ったときに対処できないと、
逃避あるいは放置する。

日常的に助言を得られ、
相談できる相手が必要。

お金が必要なので仕事をしたいというが、
あまり成功体験はなく、自信もない。

生活保護や障害年金手続きを行うなど経済面の保証が必要。

障がいを踏まえた就労のサポートが必要。

 これらの支援を行うために療育手帳の再交付と、障がい福祉サービスの支給決定が必要であると判断した。

再度対象者面談

 必要だと考えた支援をAさんに説明したところ、Aさんからは概ね同意を得られたが、住まいについて障がい者グループホームの利用提案を提案したときは難色を示した。Aさんは過去の施設生活での経験や、現在の刑務所生活で、他者との共同生活に嫌気がさしていた。そこで、一度グループホームの管理者に直接話を聞いて考えてほしいと提案し、Aさんの了承を得た。
 後日、受け入れを打診した障がい者グループホームの管理者に刑務所で直接Aさんと面談してもらい、写真を見せながら、どのような生活をすることになるのかイメージできるように丁寧に説明してもらった。
 Aさんはいままで経験した施設生活とはずいぶん異なることを理解し、積極的に利用を希望するようになった。

支援の調整

釈放後ただちに障がい福祉サービスを利用できるように療育手帳の再交付手続きや障害支援区分手続き等を矯正施設の社会福祉士に依頼。

釈放後に速やかに生活保護申請を行えるように、事前に行政に相談をおこなった。

地域での相談支援の中心となってもらうよう相談支援事業所に関わりを相談。

就労については就労移行事業所に関わりを相談。

金銭管理を社会福祉協議会と障がい者グループホームで連携して行ってもらうようそれぞれに相談。

今後関わってもらうことになる福祉事業者を集め会議を実施

具体的な手続きの役割分担や、Aさんの特性や支援における注意点、支援者間の連携の在り方等について共有、協議を行う。

釈放対応
8:30

 AさんをX刑務所に出迎えに行く。「はじめて出所日に人に出迎えてもらった」と嬉しそう

9:30

 役所にて住民票の異動、生活保護の申請等の手続きを行う。

12:00

 一緒に昼食を食べる。

13:00

 新生活に必要な日用品の買い物をする。

15:00

 グループホームに到着。今後の生活について改めて説明を行う。

地域生活後

支援者や、Aさんから定着支援センターの相談員に電話が時々あり、それぞれ助言する。

釈放後ひと月して振り返りの支援者会議を実施。Aさんの状況を共有する。小さなトラブルはありながらも大きな問題にはならず、新しい生活になじみつつあるため、今後は何か特別な事情があったときのみ支援者会議を開催することとした。

2か月後、Aさんが朝、就労移行支援事業所に向かったまま行方が分からなくなったとの連絡が定着支援センターに入る。前日にグループホーム職員と金銭管理のことで口論になったとの情報あり。
連絡を受けた定着支援センター職員がAさんが過去にアルミ缶回収をしていたと話していた地域を探したところAさんを発見。Aさんの思いを聞いた上で、相談支援専門員に相談し、支援者会議が開かれることになる。支援者会議ではAさんの思いは受け止められ、今後の支援者側の対応策とAさん自身の対応策が話し合われた。

その後は大きく問題なく、生活を続け、定着支援センターへは近況報告のみで相談の電話はなくなる。

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